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アルバニア共和国の思い出1
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外国に行った思い出の中で一番素晴らしかったのはアルバニア共和国の首都ティラーナにソロ奏者として招かれた時のことです。アルバニアにはバルカン半島で一番有名な歌手カストリオット・テゥーシャ氏がいます。その彼は毎年首都ティラーナで大きなリサイタルをオーケストラをバックにやっています。毎年海外からゲストを招いていますが、私にもぜひ来てくれと懇願されて、お粗末ながらやらせて頂きました。最近はもうトップレベルでの演奏は遠ざかっているので正直言って行きたくなかったのですが、何が何でも来てくれと頼まれていやと言えず行って来ましたが、人生の中でも最も素晴らしい思い出の一つになりました。 2000人の聴衆を前に3曲大きなオーケストラをバックにソリッて来ました。大統領をはじめとして閣僚全員、それに各国の大使等をすべて招いた大きなものでテレビの録画も同時にやりました。アルバニアと言えば殆どの人にとって未知の国です。私もまだ一度も行ったことはなく、どんなところなのか、どんな人間が住んでいるのか、とかなり不安でしたが、興味もあり、またカストリオット・テゥーシャ氏の人柄にひかれて勇気を出して行く決心をしました。 チューリッヒからは直通便はなく、コソボの首都プリスティーナを経由して行きますが、プリスティーナの空港はユーゴスラビア戦争で破壊され施設は仮のもので乗客の荷物を他の飛行機に積み替えるトラクターが滑走路をうろうろしているのには驚きました。古い農業用のトラクターです。空港には国連の兵士があちこちに立って警戒しています。乗り換えに6時間も待つのです。何か食べたいと思ってレストランを探したのですが、何もありません。喫茶店がひとつあるだけで、それもサンドイッチも売っていないのです。これだけ徹底していると拍手すらしたくなります。 退屈なので各国から送られて来ている国連の兵士の何人かに近づいて何時間も話をしました。彼らもずうと立っているだけで退屈しているので喜んで自分達の家族のこと、仕事の様子、コソボの現状等いろいろな話をしてくれました。みんな英語が達者です。イラクに派遣されている日本の自衛隊の人たちの英語力はどれ程の程度でしょうか。 国際空港と言っても時刻表とか掲示板とか何もないのです。ただ切符に書いてある時間に近くなると耳をそらして英語のアナウンスを聞かねばなりません。これはもう大変貴重な体験です。何か飲みたいと思ったのですが、ユーロとドルしか使えなく、スイスフランしか持っていない私は6時間の間コーヒー一杯も飲むことが出来ませんでした。 |
両替するところもないのです。本当に立派な国際空港です。 そしてやっと時間が来て、アルバニア行きの小さな飛行機に乗ることが出来ました。 約一時間半程でアルバニア共和国の首都ティラーナに着きました。パスポートの検査のところで順番を待っていると、向こうから「ヘーイ、ダーイ」と私の名を呼ぶ大きな声が聞こえて来ました。見るとそのカストリオット・テゥーシャ氏です。彼はアルバニアでは国民から一番愛されている歌手なので空港でも普通の人なら入れないようなところでも顔パスですいすいと入って行くことが出来ます。彼を知らない人間はアルバニアには一人としていないのです。そしてみんながごく普通にまるで近所の人のように気軽に彼と言葉を交わします。彼も気取った風はまるでありません。全くの自然体です。この姿こそ理想ではないでしょうか。 すぐ彼の車で市の中心地のこじんまりした清潔そうなホテルに案内されました。そのホテルの趣向は言葉では表せないものです。ホテル全体が芸術博物館のような感じでどこに視線をなげても美しい一角が目に入ってきます。こんな経験は初めてです。私には昔長年写真を趣味でやってきたせいで無意識のうちに常に美しい空間を探す習慣が身に付いています。 昼過ぎの中途半端な時間でホテルのレストランは閉まっていましたが彼が奥に入って行ってコックを探して私の為に料理を作らせました。それから部屋に上がって夕方まで少し眠って体を休ませました。スイスを出発する前の3日間くらいは忙しくて一日3時間程しか眠っていなかったので最初のリハーサルを控えた前のこの睡眠は助かりました。 夕方7時頃彼が車で迎えに来てくれて芸術大学の音楽部のホールへ行きましたがオーケストラはもう全員が席について音を合わせていました。カストリオット・テゥーシャ氏は本業はオペラ歌手ですが、あらゆるスタイルの音楽をこなすのでそれが広く国民全体から愛されている理由です。この時のコンサートはアルバニア語、英語、ドイツ語、イタリア語、フランス語と5ヶ国語でオリジナルの言葉でたくさんの歌を歌いましたが、私は映画「リオ・ブラボー」の中の「皆殺しの歌」という曲とジャズの「Ja-Da]、それにフランク・シナトラの「マイ・ウェイ」の3曲を指定されました。オーケストラの伴奏は自分で編曲することを許されたので自分のいいところを表現するのには楽でした。 驚いたのはオーケストラのみんなが初対面の私を何十年来の友を迎えるかのごとく暖かく迎えてくれたことです。 |
アルバニア共和国の思い出2
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何しろ日本人等初めて見る人ばかりです。それすら珍しい上にどんなトランペットを吹くのか興味深々で最初の曲を待っていました。先ずは軽く最初の曲をやりました。最後の音が終わった瞬間どっと拍手が来ました、ブラボーと叫ぶ声さえ聞こえます。こんな経験は本当に初めてです。大体どこに行ってもプロなら出来て当たり前という感じがありますが、ここは違います。みんなの優しさに感激してしまいました。 さすがにトランペットの連中は余り面白くないという顔をしています、はい、理解できます。休憩の時にすぐ彼らのところに行って雑談をしました。それですぐ打ち解けてお互いに同業者という意識が芽生えました。カストリオット・テゥーシャ氏も後で言っていました;「お前がソロを吹いている時にトランペットの連中を見たんだけど、嫉妬丸出しだったよ」それも理解出来ないことはないです。 無事最初のリハーサルも終わり何人かでホテルで飲んでいるとずいぶんと大柄な人が入って来てホテルの女主人から紹介されました。この首都の市長とのことで英語が堪能なのに驚きました。ドイツ語も少し出来るのでびっくりしていたら、昔若い頃ドイツのフランクフルトで仕事をしていてことがあると話してくれました。その夜はさすがに疲れていたのとワインのせいで部屋に戻ってすぐバタンキューでした。 |
2日目もリハーサルは夜だけだったので、昼間は芸術大学の食堂に連れて行かれ何人かの教授連に紹介されました。ソビエト連邦の支配下時代が長かったのにみんな英語が堪能なのにまたまた驚いていまいました。夜の2日目のリハーサルも無事終わり水曜日の本番の日は会場のコングレスハウスで昼間からリハーサルをやりました。 入り口のロビーはソビエト時代の威容を残していてとてつもなく広いものです。ホール自体も2千人収容出来る大きなもので共産主義時代の人を威圧する雰囲気が名残を残しています。ステージではもうオーケストラがもう一人の主役女性歌手ヴィケーナとリハーサルをしていました。彼女も本来はオペラハウスの専属として歌っているのですが、ジャズ、ポップ何でも歌うので国民からとても愛されています。まだ26歳ですが人生経験豊富なベテランのように味のある歌い方をします。やはり幅広く音楽をやっているからだと思います。指揮者はカナダで活躍しているアルバニア人が招かれていました。テレビのカメラも何台かリハーサルをしていてこの情景は世界中同じだなあと何だか安堵感のようなものを覚えました。
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アルバニア共和国の思い出3
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いよいよ夜の本番間近になりました。2千人を収容するホールは平日にもかかわらず殆ど満員です。大統領や閣僚ほとんどの面々も場内にいると企画者のエドモンドさんが耳打ちしてくれました。たくさんの大使館関係の人たちも来場しているとのことです。こんな大きなステージは本当に何年ぶりです。少し緊張もしましたが、よし、やるぞという気持ちの方が勝っていたので余り心配はありませんでした。ステージに上がる音楽家の殆どの人が手を差し出して「頑張ってね」と激励してくれました。みんな期待しているのです。この人たちの為にも上手くやらねばという気が起こりました。 予定通り8時に本番が始まりました。進行係が来て出番がきたら呼びに来ますから、と言ってくれました。40分くらい待ったと思います、緊張が段々と増して不思議な感じになってきました。こんなところに自分が今存在するということがおかしくさえなってきました。アルバニア語で女性歌手のヴィケーナが何やら私のことを紹介したようです。スイスというのと自分の名前しか分らなかったですが、大きな拍手で迎えられてステージの中央に行き指揮者と目で合図をして一曲目のイントロが始まりました。 客席は薄暗く誰の顔も識別出来ないくらいです。自分にスポットが当たってトランペットの先がやけに輝いているのがおかしいくらいでした。その時持って行ったのはヤマハの25年も使っている古い楽器でしたが新品のように光っていました。曲が盛り上がって最後のクライマックスでオーケストラが休止してトランペットのカデンツが始まります。 |
先ずは真ん中のFシャープからトリルで2オクターブジャンプしてハイFシャープまで上がり会場の緊張した空気を引き裂くかのようにその音を大きく伸ばすと緊張感が最高潮に達します。それから高音域のフレーズが長く続きます。これがまたやっかいなもので少しでも気を抜くとミスしていまします。普段より落ち着いて少しゆっくり丁寧に吹き、自分でも驚くほど上手く出来ました。これで聴衆には抜群の印象を与えたようです。リハーサルの時より一段と気合のこもった演奏でオーケストラの連中も大変喜んでくれました。みんなを驚かせるために練習ではカデンツのソロは全部披露していなかったのです。 コンサートの後楽屋でみんなが英語で「おめでとう」と言ってくれました。その後近くのモダンなディスコで打ち上げパーティーがあり、コンサートの興奮が尾を引いて素晴らしく盛り上がりました。若いジャズミュージシャンが何人かいて一緒に何かやろうということになって30分くらいスタンダードソングをやりました。異様な雰囲気の中みんな乗りまくって演奏したのも楽しい思い出です。ドイツやベルギーの大使達も来ていてわざわざ私のところに来てくれ、素晴らしかったと、言葉をかけてくれました。音楽を通じてたくさんの国籍の違った人たちが楽しい時を一緒に過ごせたことは言葉では言い尽くせない喜びでした。音楽の偉大さをまたまた身を持って感じることが出来たのは最高の幸せです。
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