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日本ツアー思い出話

 

 

11月12日

京都でジョイントコンサートをしたGreenhorn Jazz Orchestraの女性ピアニスト井戸口ボンさんがロマンスホーンを訪ねて来ました。Swing Kidsと一緒にリハーサルをして乗りました。その後みんなでボーリングをしてそれから近くのイタリアレストランでPizzaを食べました。とても楽しい一日でした。彼女はイタリアのミラノで一ヶ月イタリア語を勉強しています。その間にSwing Kidsを訪ねて来た訳です。日曜日はKidsと日本に同行した河原由紀子さんと2500mのセンティス山に登りました。(ただしロープウェイで)月曜日は僕と一緒にフェリーでドイツに渡りドイツ料理の昼ごはんを食べて帰りました。午後は僕の知り合いの家に行きイタリア語が話せるおばあちゃんEllenと楽しいひと時を過ごしたそうです。夜はTimoの家に行って歓待を受けたそうで大変感激していました。我が家に帰って来て話す時目から涙がこぼれていました。火曜日の朝またミラノに向けて旅立ちました。          日本ツアーで知り合った人がスイスに来て喜んで貰えて僕達も本当に嬉しかったです。次は誰が来るのか楽しみです。こうやって人の輪が出来ることは本当に素晴らしいことですね。

今日ジェシーが言うには日本に行く前は33キロあった体重がスイスに帰ってから計ったら28キロしかなかったとのことです。あの小さい体で5キロの減量はちょっと厳しいですね。でも最後までバンバン頑張っていたあの体力と気力はもうただただ驚くばかりです。

あの子は飛行機の中では全然何も食べなかったです。ものすごいハイカラです。飛行機の中の食事はプラスチックに入っていたりして少しそれが匂ったりするのですが、それがもうだめなのです。成田で乗る前にサンドイッチを買ってやりましたがそれもほんの少し食べただけでした。

日本食は全く食べれません。ご飯にケチャップをかけて食べたりしていました。。サラダもイヤ。カレーはソースはいいのですが入っている肉がイヤです。とにかく頑固なのでちょっとでも試してみようという気がないので困ってしまいます。ハンバーガーも嫌いです。最後の夜みんなでラーメンを食べようということになって全員注文したのですが、ジェシーだけは箸ひとつ付けません。脅してもなだめてもガンとして受け付けません。「これを食べたら気持ちが悪くなるわ」と言うのです。一緒に来ていた理恵さんがしょうがなくカレーライスを注文してやりました。肉をよけて食べていました。

サムエルが言っています

「今まで日本人ほど心の優しい国民会ったことがない」

「日本にはたくさん可愛い女の子がいた、また彼女達に会いたい」

「日本食は世界で最高だ」

ヤン

「日本はどこに行っても清潔だ。紙切れやタバコの吸殻が全然落ちていない。床は舐めてもいいくらいきれいだ」

「寿司は余り好きではないけど、カレーはとてもおいしかった」

「京都駅のあのでかさにはびっくりした、どのコンサートも凄く印象に残った」

「日本人はスイス人より親切だ、特にホストファミリーはわが子のように可愛がってくれた」

「コンサートの後で女子がたくさん押しかけて来てスターになったような気分になった」

マーセル

「日本は最高だった、素晴らしいコンサートホールでたくさんの人の前で演奏するのはとても気持ちよかった」

「日本食は最高にうまい、殆ど初めてのものばかりだったけど試してみたらみんなおいしかった」

「最初の旅館はすごく気に入った、床の上に寝たり大きな風呂がとても良かった」

「ホストファミリーはとても気を使ってくれて本当に感激した、スイスだったらあんなに他人に良くするだろうか」

「日本はどこに行っても清潔でスイス人は見習わなければならない」

「東京の大きさにはびっくりした。ファンの人たちもとても印象に残っている」

これらはほんの一例ですがKids全員言葉に尽くせない素晴らしいツアーを体験しました。そして僕が一番嬉しかったのは全員が日本人の心の優しさを今回のツアーのハイライトに挙げていることです。これは僕が一番期待していたことで、これが子供達への日本人からの最高のプレゼントでした。彼らの心に日本人の優しさが住み着いたということは本当に大きな財産です。日本の皆さん本当にありがとうございました。

 

ジェシー語録

日本に着いた日はあいにくの雨でした。湿気が多く、スイスの子供達は初めてのその重い空気にびっくり。少し嫌悪感を感じたようでした。それからすぐ倉敷から迎えに来ていたバスに乗り込みました。ここは冷房が効いていて快適でした。乗り込んで来たジェシーが言いました。「ここは新鮮な空気があっていいわ」と。

倉敷の後神戸に行き甲南大学のセミナーハウスで泊まりました。ジェシーは通訳の河原さんと一緒の部屋の予定だったのですが、「ねえ、私一人で寝たいわ」と言いました。女の子一人なのでツアーの間はその予定にしていたのです。それで「でもね、そうすると河原さんとオレが同じ部屋になってマズイよ」と言うと、「どうして?」と訊き返してきました。「それはね、二人とも別々の人と結婚しているからまずいんだよ」と答えました。すると「でも、それをやってはいけないという法律はないでしょう?」と言うんです。まあ、そうですけど。今回は彼女の願いは聞いてやれませんでした。僕と河原さんとの間には何事も起こらなかったので、みなさん信じて下さい。

ディズニーランドで遊んだ時、ジェシーはいろいろなものを買いました。何でも買いたがるのでブレーキを掛けながら歩いていたのですが段々と機嫌が悪くなって来ました。そしてある店でインディアンの矢を見つけ、どうしてもそれを買うというのです。「それは飛行機に乗る時問題になるから買ってもダメだよ」と言うと、彼女はとうとう怒りを爆発させました。「来年お母さんと一緒に来てここにあるもの全部買うわ、お母さんなら私に何でも買わしてくれるんだから」これを後でお母さんに話してみんなで大笑いしました。お母さんとなら殆ど何も買えなかったですよ。あの人は僕みたいにジェシーを甘やかさないから。

金沢での休日、能登半島に行ってみんな泳ぎました。その後でジェシーが言いました。「海の水は何であんなに塩っ辛いの?、もう海では泳がないわ」

ツアーの後の話ですが、月曜日に僕のところにレッスンに来ました。彼女は2時から3時までやります。終わった後言いました。「どうして3時までなの?、私は4時までやりたいわ」、「どうしてってね、この後学校で他の生徒のレッスンをしなきゃダメなんだよ」、「じゃ、その子に言って、他の日に来るようにって」

彼女は頑固です。あるレッスンの時に彼女に言いました。「このソロはこうやって吹いた方がいいよ」と。そうすると「でもこれは私のソロでしょう、私が好きなように吹くわ」と言い返されました。僕がKidsにいつも言っている「ソロは自分で工夫して自分のフィーリングで吹きなさい」を実行しているんです。

でも根は優しい子なんです。ツアーの一ヶ月ほど前にサンドロがヤンのお姉さんに一目ぼれしました。別に深い仲に発展した訳ではないんですが、ツアーの直前に彼が僕に言いました。「ねえ、オレ、Carolなしでは2週間生きていけないよ、彼女を日本に連れて行けないの?」それをそばで聞いたジェシーが言いました。「私は小さいからカバンの中に隠れるわ、で、Carolが私の飛行機の切符を使えばいいわよ」可愛いでしょう。

前回のリハーサルの時にグレン・ミラーのオリジナルの編曲を何曲か配って練習しました。6月にアメリカのグレン・ミラーフェスティバルに参加するのでその準備なのです。ジェシーも初見でその譜面を読んで一生懸命吹いていました。一回耳にすると吸収するのが驚く程速いのです。8歳の女の子がビッグバンドの中に入って本物の曲を演奏している姿に感動してしまいました。僕はジェシーの大ファンです。ステージでトランペットを高く上げて力いっぱい吹いている姿、本当に感動します。                                  

ルーカスの忘れ物

ルーカスにはいつも忘れ物のエピソードがあります。毎日何かを忘れる程です。日本ツアーでも引率の大人は大変でした。

倉敷では2回目のコンサートは日本旅館の御園の大広間でありました。コンサートの前の音合わせの時です。6時くらいでしたが、ルーカスが僕のところに来て言うには、「あのね、ぼく、パジャマ持って来てないよ」、「どうして?」、持ってくる物のリストに載っていなかったから」、「でも旅行に行く時はパジャマ持って行くのは当たり前だから書かなかったんだよ」最初の日は旅館に泊まったので浴衣があったので良かったのですがその日はホームステイをする日でした。通訳の河原さんが慌ててルーカスのパジャマを買いに行きました。

それくらいは何でもないことですが、ツアーの10日目くらいにこう言いました。「ねえ、ちょっと困ったことになったんだけど」「何?」「あのね、5日おきくらいに洗濯するって書いていたからパンツ3枚持って来たんだけど2枚もうなくしたから、今穿いているやつ一枚しかないんだけど、今度いつ洗濯するの?」「みんなね、もう十分着替え持ってるからもう洗濯しないよ、ホテルで寝る前に自分で石鹸つけて洗いなさい。でね、トイレの便器は暖かいからその上においておけば朝までには乾いているよ」「わかった」やったかやらなかったか知りませんが。多分やってないでしょう。

10月17日は初めての休養日でした。能登半島にバスで行って海岸でみんなで泳ぎました。みんな海水パンツを持っているのにルーカスはホテルに忘れて来ました。「あっ、海水パンツホテルに忘れて来た」「今はいているパンツで泳げよ」「分かった」それで泳いだ後はパンツは濡れていたのでパンツなしでズボンを穿きました。バスの中で言うには「パンツ穿かないでズボン穿くのもすーっとして何だかいいね」

楽譜やカメラを忘れるのは毎日でした。その都度みんなはひやりとさせられました。

最高に傑作だったのは成田でです。パスポートのコントロールを通って手荷物検査を通過した直後に僕のところに来ました。「ねえ、ぼくのパスポートどこにもないんだけど」「えっ、でも今パスポートのコントロールを通ったばかりじゃない」「うん、手荷物検査の時にあそこに置いたんだけど、もうないんだよ」と右手でレントゲンを通すところを指差しました。、、、「あんた左手に何もってるの?」「あっ、ここにあった」

最後はチューリッヒに到着して最後のパスポートのコントロールのところで又僕のところに来ました。「パスポートが見つからないんだけど」旅の間はいつもみんなのパスポートを集めていたのですが、ロンドンでのパスポートの検査の後はもうすぐスイスなのでそのまま各自に持たせていました。もちろん又ルーカスです。「だったらスイスに入れないよ、多分ロンドンに忘れて来たんだろう、今の飛行機でもう一回ロンドンに行っておいでよ」と脅しました。びっくりした顔をしていたので「でもその前にもう一回良く探してみろよ」と言いました。そして床の上に座ってリュックサックの中身を全部出しました。その光景といったら吹きだしそうでした。ありました、やっと。

典型的な芸術家タイプです。親の血を引いているんです。お父さんはジャズフルートの名手ですが、ルーカスと同じタイプです。まだルーカスが赤ん坊の頃親子3人でレストランへ行った時、何と両親はルーカスをレストランに忘れて、家に帰ってから初めて気が付いたという信じられないような本当の話があります。以来ルーカスはその後遺症に悩まされています。